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横浜地方裁判所小田原支部 昭和59年(ワ)286号 判決 1988年6月07日

原告

別紙原告目録(略・吉田幸夫ほか三六名)記載のとおり

右訴訟代理人弁護士

宮里邦雄

小野幸治

渡辺正雄

井上幸夫

大野正男

倉科直文

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

右訴訟復代理人弁護士

富田美栄子

右指定代理人

小野澤峯蔵

室伏仁

高木輝雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ別紙債権目録(略・二五九円~二四九二円)中の債権額欄記載の各金員及びこれに対するいずれも昭和五九年七月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 名称変更前の被告日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)は、日本国有鉄道法に基づいて設立された鉄道事業を営む公共企業体であるが、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法一五条、同法附則二項、日本国有鉄道清算事業団法附則二条により、日本国有鉄道清算事業団と名称変更されたものである。

(二) 原告らは、昭和五八年二月ないし三月当時、いずれも被告の職員として、東京鉄道南管理局国府津運転所電車基地(以下「本件電車基地」という。)に勤務し、別紙債権目録記載のとおり車両検査係あるいは車両検修係の職務に従事していたものであり、かつ国鉄労働組合(以下「国労」という)東京地方本部国府津運転所分会(以下「国府津分会」という。なお、後記のとおり右分会の前身は、国労東京地方本部国府津機関区分会であるが、前身時を含めて「国府津分会」と略称する)の組合員であった者である。

2  被告は、原告らに支給すべき昭和五八年三月及び四月分の賃金の中から別紙債権目録中の請求債権目録記載の金額を減額し、その残額を支給した。

よって、原告らは被告に対し、別紙債権目録中の債権額欄記載の賃金減額分及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月五日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

本件電車基地においては、原告ら日勤の車両検査、検修係の勤務時間は、八時一七分から一六時五二分までと定められていたが、原告らは、昭和五八年二月一六日から翌三月三一日までの間に勤務時間内である別紙賃金減額一欄表の欠務時分内訳欄記載の日時時分、本件電車基地内に設置された入浴施設で入浴をしたため、被告はこれを被告の指導監督から離脱したものとして、その期間に応じて同一覧表の賃金減額対象額欄記載の金額を、それぞれ原告らの同年三月分、四月分の賃金から減額控除(以下「本件賃金カット」という)したものである。

四  抗弁に対する認否

全部認める。

五  再抗弁

1  原告らの作業内容と洗身の必要性

(一) 本件電車基地は、主として東海道線、伊東線及び御殿場線の一部の車両の検査・修繕等の業務を行い、原告らのうち、車両検査係は主として電車の検査業務に、車両検修係は主として電車の異常ないし不良箇所及び機器の修繕業務に従事していた。

(二) 原告ら日勤勤務の車両検査、修繕の業務は、所定の運行を終えてあるいは臨時に電車基地内に留置されている車両について、被告の定める作業内規に従って行われるが、そのうち、(1) 交番検査は、電車の使用状況に応じ、通常五五日間使用ないし三万キロメートル走行毎に一回を目途に、集電装置(パンタグラフ)、主回路装置、高圧補助回路装置、低圧補助回路装置、制御回路装置、戸閉装置、ブレーキ装置、走り装置、車体、点灯装置、付属装置、保安装置、機器一般、電気回路一般等の状態、作用及び機能並びに電気部分の絶縁抵抗について存姿状態で、検査箇所によって分担を決めて行う検査であり、(2) 台車検査は、電車の使用状況に応じ、通常一二か月使用あるいは一〇ないし二〇万キロメートル走行毎に一回を目途として、台車などの特定主要機器を取り外したり、モーターなどの特定主要部分を解体し、清掃・検査・修繕を行うものであり、(3) 臨時検査は、以上のような定期検査のほか、車両の故障発生に対応して検査・修繕を行うものである。

(三) このように長期間・長距離にわたって使用された車両は、便所からのたれ流し汚物(糞尿)、鉄粉、ブレーキの制輪子の材質であるレジンの摩耗粉、その他銀粉や銅粉などの有害物質を含んだ塵埃、砂塵、機戒油などにより甚だしく汚れているため、原告ら車両検査、検修係員は次に詳述するとおり身体が著しく汚染し、また、臭気が付着するものである。

(1) 交番検査における身体汚染・臭気付着の状況

<1> 台車・走り装置機械一般の検査修繕作業

床下や台車の下部にもぐり込む形で行う作業であるため、そこに付着しているたれ流し汚物・塵埃・油の汚れ等が顔面、頭髪を汚染し、襟首や袖口から入った粉塵等が身体を汚染し、夏は台車、走り装置が熱を持っているため発汗も著しい。たとえば、ブレーキの制輪子及び制輪子周辺機器には、たれ流しの汚物・電車走行中の塵埃や制輪子が摩耗した粉塵が付着している。制輪子の取替作業は床下にもぐり込むような形になったり、台車の下に入って行う作業であるため、周辺機器に接触したり、取替時に塵埃や粉塵が舞い落ちたりする。台車周辺の空気ホースの取替作業も周辺機器に接触して汚染される作業であるが、その中でも特にBCホース(ブレーキ)取替作業は床下と台車の狭い空間(最も狭いところでは間隔は三〇センチメートルもない)に身体を入れて作業を行う。台車の各ピン、各給油口に給油する作業は、油の汚れが身体に付着し、周辺機器に接触してたれ流し汚物・塵埃や粉塵が身体に付着する。

<2> 集電装置(パンタグラフ)検査修繕作業

検査庫の屋根に近い地上約四メートルの作業で夏には検査庫の屋根が四二、三度の高温多湿となるため、発汗が著しくなる。

<3> 主制御器等床下電気機器、回転器の検査修繕作業

主制御装置の検査修繕作業は、主接触器の接触子に銅が使用されているので銅粉が収納箱に付着しており、清掃・検査作業時に銅粉が舞い、身体に付着する。主抵抗器の点検作業も、電車走行中高温になる抵抗器を冷却するために外気を取り入れるので装置内に塵埃等が付着しており、清掃・点検作業時に身体が汚染される。主電動器(モーター)の内部清掃、刷子の取替作業においては、特に夏は内部温度が六〇度で車輪も高温になっているため、発汗が著しく床下と主電動機の狭い空間(最も狭いところで三〇センチメートルもない)にもぐり込んで腹ばいになるようにして行うため塵埃等の付着と発汗とで身体の汚染は著しい。

<4> 気吹作業(圧搾空気を利用して機器や台車に付着した塵埃などを吹き飛ばす作業)

電動発動機や送風機フィルターなどに付着した刷子の摩耗による粉塵や冷却のための外気導入による塵埃を気吹するものであるが、粉塵や塵埃が気吹によって飛び散って顔面、頭髪を汚染するほか、襟首や袖口から粉塵等が入り、身体に付着する。ヘルメットとマスクを着用していても汚れは防止できない。

<5> 上回り電気機器、戸閉、車体の検査修繕作業

電車内での作業となるが、夏は高温になっているため発汗が著しい(作業時に冷房は作動しない)。

(2) 台車検査による身体汚染・臭気付着の状況

たとえば、車体と台車を切り離す作業では、BCホースの取り外しの際、身体を車体と台車の狭い隙間にもぐり込ませ、台車を抱くようにして作業するので、たれ流し汚物や塵埃等により身体が汚染する。ブレーキ中央引棒を切り離す作業をするとき、ピット(地面を掘り下げたところ)に入り身体を床下機器と台車の狭い隙間にもぐり込ませるため、襟口や袖口から鉄粉などが入り込む。タワミ板(モーターの回転を歯車箱を通して車輪に伝える部分)を外すときや、モーターの取り付けボルトを外すときにピットに入って作業を行うが、狭隘な場所であるため車体や台車に付着したたれ流し汚物や塵埃などの付着物を身体に浴びる。台車解体作業、台車・車輪からモーター等を外す作業、モーター解体作業等でインパクト(エアーホースでつないで圧搾空気を送り込んで使用する)を用いる際、車体や台車に付着しあるいは飛散した粉塵、鉄粉、油等によって身体が汚染され、モーターの気吹による清掃の際は、モーターに付着した大量の埃が舞い上がり、特に刷子(モーター内部に取り付けられ、材質はカーボン)の粉塵を浴びる。その他、台車枠の清掃と点検の際、あるいは車軸からの軸箱の取り外し及び車軸の清掃、検査の際も汚物や粉塵を浴び、機械油によって汚染する。

(3) 臨時検査、仕業検査

臨時検査は車両の故障発生等に対応して行われ、仕業検査は四八時間毎に行われる検査であるが、身体汚染、臭気付着をもたらす作業であることは同様である。

(4) このように、車両検査・検修は著しく身体を汚染する作業であるからその係員らは、作業終了後は身体を洗淨しなければ公衆に触れ、あるいは交通機関を利用して帰宅することはきわめて困難である。

2  洗身時間についての労使慣行の存在

(一) このようなことから、被告は全国各地の電車区、機関区等に身体洗淨のための浴場施設を設置するとともに、作業終了後、退区時刻前に右浴場施設を利用して身体を洗淨すること、(以下「退区時刻前の洗身」という)を認め、その作業行程も、これを前提として組み立てられ、退区時刻前の洗身は各職場で昭和二〇年代以前から労使慣行として定着してきた。

(二) 本件電車基地の前身である国府津機関区(昭和四七年以前)においても、浴場施設が設置され、検査、検修職員について、退区時刻前の洗身が一日の勤務体制の中に組み入れられ、被告の承認のもとに長年にわたって慣行として実施されていたが、昭和五四年一〇月一日、本件電車基地が開業するに際し、国府津機関区長と国府津分会との間で従前の国府津機関区で行われていた右慣行を引き継ぐことを合意、確認した。

現場の管理者も検修職場というのは汚染職であることを言明し、右現場協議に基づく合意を前提として、運転所長は日勤勤務の検査・検修係員らの作業標準、作業行程を、八時一七分出勤、一六時五二分退区と定めた上、作業は一六時一五分に終了するように組み、同時刻以降、作業が終了している場合に、退区時刻までの時間を利用して本件電車基地構内に被告が設置した浴場に入って一人約一〇分程度の最低限の時間内の洗身を行うことを認め、以来これが継続されてきたものであり、退区時刻前の洗身は労使慣行として定着し、原告らの労働条件となっていた(以下「本件労使慣行」という)。

(三) 日勤勤務者作業標準、交番検査標準作業行程には、右の時間帯に「張票整理」との記載があるが、帳票整理には五ないし一〇分しかかからず、実際には作業終了時刻に余裕を持たせている関係で当日の作業が滞りなくすんだ場合には帳票整理も一六時一五分までに終了するので、一六時一五分からの洗身が認められていたのである。

洗身は、一五時三〇分から四五分までの間には作業が終了して詰所に待機し、一六時ころから「現場事務所」に引き上げて準備をし、一六時一五分から五二分までの間に約九〇人の職員が順番に三〇人程度しか入らない浴場にはいる方法で、ひとり約一〇分程度の最低限の時間内に整然と規律正しく行なわれていた。

本件電車基地は東海道線国府津駅から引込線で相当距離奥に入った位置にあって徒歩で通える範囲ではなく、職員の七、八割は被告の通勤電車で通勤していたが、被告当局は、開業以来、本件電車基地から日勤勤務者が退区するための国府津行き通勤電車の発車時刻を退区時刻と同時刻の一六時五二分と定め、約七割の職員がこの通勤電車によって退勤していた。その後の電車は一九時三〇分の電車しかない。

3  本件労使慣行の合理性

本件労使慣行は、原告らの作業内容、衛生上の必要性、勤務形態、通勤事情などからして合理的なものであることは明かである。

(一) 洗身の必要性

前記のような、原告ら車両検査、検修係員らの職務内容と身体汚染の実態からすれば、その作業終了後において浴室に入って身体から汗にまみれた塵埃、油、たれ流し汚物及びそれらの臭気を洗い落とすのでなければ、公衆に触れあるいは交通機関を利用して帰宅することは困難である。また、身体汚染の洗淨を行うことは原告らの衛生保持上も必要不可欠である(労働安全衛生規則六二五条)。

(二) 洗身時間と労働時間の関係

労働時間は、労働力の提供そのものの時間だけでなく、仕事に不可欠又は直接的関連性を有する準備あるいは後始末のための時間(例えば工具の清掃・洗淨の時間)も労働時間に含まれる。これと同様に、原告らの身体の汚染は、その担当する作業に付随して不可避的に伴うものであるから、体を洗うのに通常必要とされる時間は労働時間に含まれるものというべきである。

従って、洗身に要する時間を終業時間外に排除し、洗身は終業時刻後でないと認めないよう取扱いを変更することはそもそも労働基準法の趣旨に反するものというべきである。

労働安全衛生規則六二五条は、身体汚染を伴う労働について洗身設備及び用具の設置、備え付けを事業者に義務づけているが、原告らの従事している作業が「身体又は被服を汚染するおそれのある業務」であることは明らかであるから、洗身設備を設置することは被告の義務であるが、いわゆる汚染職に従事する労働者につき洗身に通常必要な時間は労働時間に含まれると解することは同法三条一項が事業者の責務として、「単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な作業環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」と定める趣旨にもかなうことである。

(三) 実状からみた合理性

本件電車基地における洗身設備と人員の関係からみて、全員が洗身を完了するまでは相当時分を必要とし、洗身を勤務時間終了後に行わなければならないとすれば、退区時刻は実際の就業時刻より相当遅くならざるを得ず、他職種の職員と比較しても不当に不利益を強いられることになる(前記のとおり、通勤電車は二時間三八分遅くなる)。

検査・修繕作業は、列車運行に支障をきたさないよう、当日中に予定作業を済ませてしまう必要があり、作業行程は終業時刻に余裕を持って組まれ、本件電車基地では何もなければ一五時三〇分ないし四五分ころには作業を終えるようになっており、帳票整理や工具清掃の時間を加えても、遅くとも終業時刻の三七分前である一六時一五分ころまでには終了することになっている。その後の時間はいわば退区準備時間であり、作業が残っていない場合には、洗身をする以外は囲碁、将棋、テレビを見るとか、雑談をするなどで過ごすほかはない時間であり、具体的に作業をしている時間ではなく、ただ退区時刻が来るのを待っている時間にすぎない。

緊急事態が右時間帯に起きることは滅多にないことであり、仮に起きたとしても、例えば車両交換によって対処可能であり、本線での車両故障は本線を受け持つ検査係が対処することになっており、脱線事故などのためには非常要員が用意されているので原告らが対処する必要はほとんどないが、全員が一斉に洗身しているわけではないから、緊急事態に対応する勤務体制は充分にとれるのであり、原告らの洗身が業務に支障をきたす虞れはないし、現に支障を生じたことは一度もない。

4  被告による洗身時間の一方的規制と本件賃金カット

(一) ところが被告は、昭和五八年二月九日、突如原告ら本件電車基地職員に対し、国府津運転所長の訓示や職場掲示等によって、同年二月一六日から退区時刻前の洗身を禁止する旨通知し、本件労使慣行を一方的に破棄する旨表明した。

(二) 原告らは、かかる一方的な労使慣行破棄は認められないとして、昭和五八年二月一六日以降も引続き作業終了時刻である一六時一五分以降に作業場所から退去して、退区時刻前の洗身を継続した。これに対し、被告は、その職員をして浴場の前にピケットを張らせたり、浴場に鎖錠するなどして原告らの洗身を妨げ、原告らが洗身のため浴場に入室してから退室するまでの時間を不就労扱い(欠勤扱い)とし、請求原因記載の本件賃金カットを採った。

5  本件賃金カットの違法性

(一) 労働契約違反

(1) 前記1項記載のとおり原告ら検査・検修係員の職務は汚染職であり、作業終了後該汚染を除去するため洗身に必要な時間は条理上当然労働時間に含まれるのであり、原告らと被告との労働契約における勤務時間の定めはこれを当然の前提としていた。

すなわち、原告らの労働条件を規制する就業規則一五条一項は日勤者の始業時刻を八時三〇分、終業時刻を一七時と定めているが、被告の従業員の労働時間は職種等の違いによって職場毎に多種多様に定められており、各機関区、電車区あるいは運転所ごとに作業行程表等によってその始業、終業時刻が定められ、右作業行程表等は就業規則の細則としての効力を有していた。

しかるところ、昭和五四年一〇月一日本件電車基地開業後日勤勤務の検査・検修係員に適用される作業行程表には八時一七分出勤、一六時一五分作業終了、一六時五二分退区、作業終了時から退区までの時間帯は「記帳整理」の時間と定められていたが、実際は右時間は洗身の時間に当てられており、原告ら検査・検修係員は運転所長の承認のもとに交替で整然と洗身入浴していた。

従って、原告らは前記就業規則で定められ労働契約上の権利に基づき一六時五二分の退区前に洗身入浴できるのであり、一方被告は右洗身入浴を理由に原告らの賃金カットをすることはできないのである。

(2) 仮に右主張が理由のないものとしても、勤務時間内洗身入浴は、昭和五四年一〇月一日国府津機関区長と国府津分会との間の現場協議の結果結ばれた労働協約により、原告ら検査・検修係員の労働契約上の権利として承認されているものであり、労働協約に反する就業規則の部分は無効であるから、前記就業規則にかゝわらず、原告らは一六時五二分の退区前に洗身できるのである。

(3) 従って右洗身時間につき労務の提供がなかったとして原告らの賃金をカットした被告の本件処分は明らかに違法である。

(二) 労働慣行違反

仮に以上の主張がいずれも理由がないとしても、前記1ないし3項記載のとおり勤務時間内の洗身は昭和五四年一〇月一日開業以来本件電車基地における労働慣行として定着し、就業規則を補充する法的性格を有していた。

従って右労働慣行に反する被告の本件賃金カットは違法である。

六  再抗弁に対する認否及び被告の主張

1  再抗弁1(一)、(二)の事実は認めるも、(三)は争う。

電車の検査・検修を担当する者の作業実態は、原告らが主張するように著しく身体の汚染や臭気の付着を伴うものではない。

2  同2の事実について

(一)のうち、被告が電車区や機関区等に浴場施設を設置していることは認め、その余は争う。

(二)のうち、本件電車基地が昭和五四年一〇月一日に開業したこと及び日勤の車両検査・検修係員の勤務時間は、八時一七分出勤、一六時五二分退区と定められていることは認め、その余は争う。

(三)のうち、日勤勤務者作業標準、交番検査標準作業行程には一六時一五分以降の時間帯に「帳票整理」と記載されていること、国府津行きの通勤電車の発車時刻が一六時五二分と定められていたことは認め、その余は争う。

3  同3は争う。

(一) 原告らの作業は、主張のように一般的に著しい汚染や臭気の付着を伴うものではなく、汚染職としての取扱はされていない。その程度の身体汚染は一般私企業における工場等の作業現場においても通常見られるものであり、これら企業においては、顔、手足の洗淨及び衣服の更衣等によって十分対処され、勤務時間内入浴などはおよそ考えられない。原告らの作業に比し、より汚染の程度が顕著な炭坑労働者でさえ、当然に勤務時間内入浴が認められる取扱がされていないことと対比すれば明白である。

原告らは、汚染の程度をことさら強調するが、仕業検査等を担当するものの汚染の程度は台車検査の場合より低く、その作業も、かつての蒸気機関車の時代の状況とは著しく異なるのみならず、現在は集塵装置等が設置され、被服、マスク、手袋等も貸与されるなど汚染防止対策について所要の措置が講じられている。

他の私鉄企業においては、原告らと同様の業務に従事している者に対し、勤務時間内入浴を容認している例は皆無である。もとより被告においても、特段の事情により異常な身体の汚染が発生したような場合には、特に勤務時間内入浴を許可する取扱の余地を認めていたのであって、そのような事情のない場合に、通常、一般的に勤務時間中に賃金を取得しながら勤務の一形態として入浴しうる合理性、必要性はなんら存しない。

原告らは、労働安全衛生規則六二五条を勤務時間内入浴の正当性の一論拠とするが、被告の職場においてはすでに入浴設備が設けられているのであり、しかも、右規則は、かかる設備の勤務時間内における使用を何等義務づけているものではない。

(二) また、その時間の長短にかかわらず、入浴と作業の直接的な準備、後始末とを同列に論じえないことは言うまでもなく、勤務時間内入浴は職務からの離脱といわざるをえないから、予定された実作業終了後の単にくつろぐこととは異質の性格を有するものである。

原告らは、一斉に入浴するわけではないから突発事故にも対応できる旨主張するが、本来勤務時間中である限り、その使用方法について被告にその具体的指示が委ねられ、当該職員がその指揮監督に服すべきことは当然であって、原告らの主張は、事案の本質を見失った異なる次元の論といわざるをえない。

4  同4の事実について

(一)は、被告が昭和五八年二月九日、原告ら本件運転所職員に対し、国府津運転所長の訓示、職場掲示等によって同年二月一六日から勤務時間内の入浴を禁止する旨を通告したことは認め、その余は争う。

(二)は、原告らが昭和五八年二月一六日以降同年三月末日まで勤務時間内の入浴を強行したこと、被告の職員が原告らの勤務時間内入浴を禁止し、浴室に鎖錠するなどしたこと、被告は、原告らが勤務時間内入浴のため浴場に入室した時刻から退室した時刻までの時間を不就労扱い(欠務扱い)とし、主張のとおりの本件賃金カットをしたことは認め、その余は争う。

5  同5は争う。

6  勤務時間内入浴の違法性(被告の主張)

(一) 本件の勤務時間内入浴は、日本国有鉄道法(以下「日鉄法」という)三二条、日本国有鉄道就業規則(以下「就業規則」という)四条、五条、一四条及び一五条の各規定に違反する違法行為であるとともに、職場規律に違反するもので、社会通念上も許されないものであるから、明らかに違法なものである。

すなわち、被告の職員は、日鉄法三二条及び就業規則一四、一五条によって、勤務時間が明確に規定され、さらに、服務について規定した就業規則四条において、法令及び業務上の規定に従い誠実に職務を遂行するとともに、全力をあげて職務に専念しなければならないとされている。従って、本件のように勤務時間内に入浴することは被告の指揮監督からの離脱にほかならず、勤務時間の趣旨を否定するとともに、右服務の基準に関する規定に抵触する違法行為であって、到底許容できない。

特に、被告が公共企業体として国の監督のもとに事業運営の責任を負っていた趣旨に照らせば、それが財政的な制約の面からしても、勤務時間を適正、効率的に運用し勤務の実効性を確保することが要請されていることは明らかである。

のみならず、被告の現業機関である駅、機関区、電車区及び保線区等は、列車の運行に直接関係のある職場であるから、関係職員は、突発事故等の緊急事態が発生し、早急に措置を求められた場合には、直ちに事故の復旧及び列車の運行等それぞれの担当作業に従事しなければならない。しかるに、勤務時間内に入浴することは、右緊急事態に直ちに対応することができないことになるから、被告の業務の正常な運営に支障を来たし、あるいはそのおそれがある。

従って、かかる違法な所為は、これが事実上継続されていたからといって、その合理性が認められる余地はなく、到底適法なものとして許容されるものではない。

(二) このように、勤務時間内入浴が日鉄法及び就業規則に反する違法なものであり、かつ社会常識に照らしてみても、到底許容する余地がないから、かかる違法な行為は、たとえこれが反復されたとしても労使慣行として成立する余地はなく、各現業機関において、明示的にこれに反して合意の形式がとられたとしても、かかる合意は無効である。

この点に関し、原告らは、「現場協議に関する協約」に基づいて合意されたものとして正当であるように言うが、右協約において、現場協議において取り扱いうる事項については「当該現場長の権限と責任の範囲外の事項(中略)を除く」(七条但書)ことが明記されているところ、退区時刻前の洗身について合意することは、実質上勤務時間の削減、縮小に帰するから現場長の権限外の事項であって、本社・本部間の中央交渉においてのみ処理しうるところとされていたのであるから、これが現場長により、現場協議における不当な圧力等のもとで事実上いかに処理されていようとも、有効な協約として成立する余地はない。

勤務時間内入浴に関し格別の合意がなされたとしても、被告と労働組合との間においては、労働協約の締結について、その締結権者及びその権限が具体的に明定されていることを考えれば、かかる合意を有効な労働協約と解する余地はない。

本件においては、現場長が自らの指揮命令権に基づいて作成する作業行程表においては「洗身」もしくは「入浴」なる記載をせず、公式には他の表示を用いて表面化しないようにしていること、特に、国府津分会の要求にもかかわらず、作業行程表上「洗身」もしくは「入浴」を明記することは拒否されて結局実現しないまま推移し、また、本件職場を所轄する東京南鉄道管理局の監査等に際して、該当日のみ入浴開始時刻を遅らせるなどして労使共同してこれを隠ぺいすることもあったこと、等の事情に照らしてみれば、労働組合においてこれが単に事実上の措置として黙認されていたに過ぎないことが十分認識されていたといえる。

なお、本件職場からの回送電車が退区時刻である一六時五二分に出区するように設定されていたが、右の出区時刻の設定は、混雑時間帯の車両運用によって左右されるものであり、勤務時間内入浴とは何ら関係を有しないものである上、そもそも、作業終了後の入浴は各人の自由に委ねられ、必ず全職員の入浴が義務づけられているのでなく、また、回送電車は一部の職員が利用するにすぎないから、これによって勤務時間内入浴が容認されていたといわれる余地はない。

七  右被告の主張に対する原告の反論

1  日鉄法三二条は、勤務時間を明確に規定したものではなく、一般的、抽象的に労働契約上当然な法令等の遵守義務、職務専念義務を確認したものにすぎず、労働契約のあり方、就労の仕方等について、労使間協議で取り決めたり、慣行によって行うことを何ら否定するものではない。就業規則四条も同様に解するべきである。

現場長も作業終了後の具体的な業務指示のない時間に洗身を行うことを認め、本件勤務時間内洗身について職務専念義務違反を問うものではないことを明確にしてきたのであり、原告らの洗身は右日鉄法及び就業規則の規定に反するものではない。

2  また、被告は就業規則一四条、一五条によって勤務時間が規定されていることをその主張の根拠にあげるが、就業規則は労働条件の最低基準を定めるものであるから(労働基準法九三条)、慣行の内容が労働者にとって就業規則より有利な場合には慣行が優先するものであり(優先的効力)、そうした慣行が右就業規則に反して無効になることはあり得ないのである(最高裁二小昭和五一年三月八日判決等)。

さらに被告は、就業規則五条違反とも主張するが、同様の理由により失当である。

従って、勤務時間内の洗身が被告の指揮監督からの離脱であるとか、勤務時間の趣旨を否定するとともに服務の基準に関する法規に抵触する違法行為であるなどとする被告の主張は不当である。

3  被告は、現場長の権限について主張し、指揮監督からの離脱だと主張するが、各電車区(運転所)の長は、現業機関の長として、所属の職員の出退勤の管理、作業準備時間や休憩時間の扱い、作業行程作成等の権限を有するものであるから、業務時間内において作業上の身体の汚染に伴う職員の洗身を認めるか否かは当然その権限に属する事柄である。原告らが勤務時間内に洗身を行うことは、かかる指揮監督権を持つ区長ら当局が認めてきた事柄なのであって、こっそり上司に無断であるいは一方的に離脱したというのではないから右被告の主張も理由がない。

八  再々抗弁(労使慣行の消滅)

仮に、退区時刻前の洗身が労使慣行として存在していたとしても、以下のような経緯に照らせば、その慣行は正当に破棄されたものであり、本件賃金カットは正当である。

1  昭和五六年秋のいわゆる行革国会において、職場における労使の力関係に起因して行われている不当な所為の一環として勤務時間内入浴が指摘されたことをはじめ、各方面から厳しい批判が相次ぎ、被告の職場管理の実態に対する国民の不信感は増大し、これら不当な事態の早急な是正が強く求められるに至った。

そこで、被告は職場秩序の是正について対処することとし、昭和五七年三月四日、本件電車基地を所轄する東京南鉄道管理局長は、国労東京地方本部に対し、被告の現状及び正常な労使関係の必要性を説いて、勤務時間内入浴による勤務時間の不遵守を是正し、実働を充実すること等の具体的項目を指摘して、それらの是正及び職場規律の確立を求めた。そして被告は、同月、全職員を対象とした総点検を実施し、実情を把握したところ、勤務時間内入浴については直ちに中止した職場が多く、東京、大阪、門司の三地区を中心に一六七七箇所(約三八パーセント)の職場において右入浴が認められているにすぎなかった。

右勤務時間内入浴を含む被告の職場規律の乱れについては、昭和五七年七月三〇日の第二次臨時行政調査会基本答申における国鉄に関する緊急課題としての提言、すなわち「職場規律の確保を図るため、職場におけるヤミ協定及び悪慣行は全面的に是正し(中略)違法行為に対しての厳正な処分(中略)職務専念義務の徹底等人事管理の強化を図る」との指摘、さらに同年九月二四日の閣議決定において、「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策」の第一として「職場規律の確立等」すなわち「ヤミ協定や悪慣行」の是正、「現場協議制度」の適正な運営に関する措置が求められ、被告はその早急な是正への努力を重ね、本件勤務時間内入浴についても前記鉄道管理局の労働課長から国労東京地方本部へ、また本件職場においても所長から組合分会に対して、それぞれ繰り返し是正を求めたが、勤務時間内入浴については是正の効果が認められなかったため、特に同年八月二三日、同局の労働課長が国労東京地方本部企画部長に対し、規律是正の遅れている五項目の一としてこれを指摘してその是正を強く求めた。

しかし、本件電車基地においては、依然として是正の効果が認められず、同年九月に行われた第二次総点検においても勤務時間内入浴について是正未了の職場五八三箇所(約一四パーセント)のうちの一を占めた。その後全職場的レベルにおいては是正の顕著な効果が認められたが、本件電車基地においては是正は進まず、国労は昭和五七年九月二二日、国労闘争指示第一一号を発するなどして違法な勤務時間内入浴に固執した。

このような経過において、前記鉄道管理局は、右入浴をいつまでも放置しえないのでこれを是正するため昭和五八年一月二六日、同局の運転部長が国労東京地方本部長に対し重ねて同旨の通告を行った。そして、各現場においては、同月八日ころから業務用掲示板、浴場入口等に、「入浴は勤務時間外に限り許可する。」などの掲示をして職員への周知方を徹底し、また、点呼の際にも同趣旨の指示を繰り返してその是正に努めた。

従って、原告主張の勤務時間内入浴の慣行は被告により昭和五七年九月頃破棄されたのであるが、その後も右悪慣行は依然続いたので前記鉄道管理局は点呼及び作業指示の段階において、右是正の必要性をより徹底させるとともに、同月一六日以降勤務時間内入浴を強行する者については、管理者の現認を得た上、不就労時間について賃金カットを実施することを決定した。

このように、被告は、本件電車基地において、勤務時間内の入浴禁止について十分にこれを周知徹底せしめるとともに、管理者による指示を与えるなど所要の措置及び警告を行ったにもかかわらず、原告らはこれに従わないばかりか、やむを得ず管理者によってとられた規制措置をも無視してあえて入浴を強行し、欠務したのであるから、これに対して賃金カットをとるのは正当であり、当然である。

2  そもそも一般的に、就業規則につき労働者に対する不利益変更がなされる場合においてすら、その合理的変更は労働者の合意を要せずして許容されることが判例上認められている(最高裁昭和四三年一二月二五日判決)のであり、本件の勤務時間内入浴是正の措置は、職場規律是正の必要性及びその是正の経緯、これに対する国労を除く各労働組合の対応、その後の是正状況、更に原告らのように限られた一部の者のみが既得権などと称して、勤務時間内入浴に固執するに過ぎない等の状況に照らし考えれば就業規則変更と同次元から見ても、これを是認しうることは明らかであり、この是正につき原告らが「代償措置」を云々するのは相当でない。

九  再々抗弁に対する認否及び原告らの反論

1  被告の再々抗弁事実はすべて争う。

2  本件勤務時間内の洗身は、就業規則規範的慣行であり、被告主張のように被告の一方的通告で破棄できるものではない。

すなわち右労働慣行は就業規則を補充する法的性質を有するものであるから、これを破棄するためには労働基準法九〇条に準じて労働組合の意見を聴かなければならず、また右慣行の破棄自体合理的なものでなければならないのであり、変更が合理的なものであるか否かの判断にあたっては、変更の内容及び必要性、変更により労働者の被る不利益の程度、不利益変更に伴う代償措置(見返り措置)の有無、労使交渉の経過等の諸事情を考慮すべきであり(最高裁二小昭和五八年一一月二五日判決)、不利益変更に対する代償措置を欠く場合には特別な理由がない限り合理性が認められないのである(最高裁二小昭和五八年七月一五日判決)。

本件労使慣行破棄による退区時刻前洗身の禁止の措置は、手続面においても不当であるし、内容面においても到底合理的なものとはいえない。

<1> 手続の違法性

本件電車基地においては一四八名の検査・検修職員のうち圧倒的多数の一四〇名が国労組合員であったが、被告は、本件労使慣行の変更について労働組合とは団体交渉を行わないという方針をとり、組合とは一切交渉を行わないまま、昭和五八年二月八日から一一日ころにかけ、「一六時一五分からの洗身を禁止する。」旨を一方的に原告ら職員に通告した。これに対し、原告らが所属する国労の東京地方本部は洗身規制の撤廃を求めて本件電車基地に対応する被告の東京南鉄道管理局に団体交渉を申し入れたが、同局長はこれを拒否し、問答無用とばかりに洗身規制と本件賃金カットを強行した。このような異常な破棄の方法は、本件労使慣行を変更するための必要な手続を経ていないものであって、到底許されない。

<2> 本件労使慣行変更の必要性の欠如・不合理性

本件労使慣行の破棄は、作業行程表が変更されて作業時間が延長されたために行われたのではなく、作業の終了時刻に何の変動も生じていないのに作業終了後の退区時刻までの待ち時間における洗身行為のみを禁止したものである。原告らは作業終了時刻から終業時刻までの間は何もすることがなく、汗、塵埃、糞尿、臭気等に身体を汚染されたままの状態で時間をつぶして、終業時刻から洗身を行わざるを得なくなった。被告は、この待ち時間帯に行うべき作業を何ら指示せず、将棋や囲碁を打ったり新聞を読むことは認めながら、逆に業務と関連のある洗身のみを禁止し、賃金カットの対象としたのであり、この措置に何らの必要性、合理性も見い出せない。

原告らは、労働時間を実質的に延長されたものであり、汚染職種でない事務職等の職員は終業時刻に退勤できるのに比べ、洗身を行う汚染職種の原告らに、作業終了時刻に退勤できず、その後二時間以上も待たされるという不利益を新たに生じさせるべき理由は何もない。

<3> 代償措置の欠如

本件労使慣行破棄により労働者の既得の権利が奪われ労働条件が不利益に変更されるにもかかわらず、その見返り措置や勤務時間内洗身を規制する条件等について協議するなどの代償措置は何もとられていない。

以上のとおり、本件労使慣行破棄は手続的にも、内容的にも違法かつ不当なものであり、勤務時間内洗身の禁止措置は、原告らに対して効力を生じないから、本件賃金カットは理由がない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因事実及び抗弁事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、再抗弁について判断する。

1  再抗弁事実のうち、1(一)、(二)の事実並びに同2の事実のうち、被告が全国各地の電車区や機関区等に浴場施設を設置していること、本件電車基地が昭和五四年一〇月一日に開業したこと、原告ら日勤勤務の車両検査・検修係員の勤務時間は、八時一七分出勤、一六時五二分退区と定められていたこと、日勤勤務者作業標準、交番検査標準作業行程には一六時一五分以降右退区時刻までの時間帯の欄に「帳票整理」と記載されていたこと及び本件電車基地から国府津行きの通勤電車の発車時刻が一六時五二分と定められていたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで次に、本件電車基地で行われていた洗身入浴の内容についてみるに、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件電車基地は昭和五四年一〇月一日に開業し、主として東海道線、伊東線及び御殿場線の一部の車両の検査、検修、車両の入れ替えの業務を行い、原告らのうち車両検査係は電車の検修、検修に関する技術業務、電車の連結解放など、主として電車の検査業務に、また車両検修係は電車の修繕及び定められた範囲の電車の検査、電車の注油、電車の連結解放など、主として電車の異常ないし不良箇所及び機器の修繕業務に従事していた。

(二)  本件運転所の前身である国府津機関区には、昭和四七年三月以前には検修部門が置かれ、被告は敷地内に浴場施設を設置し、右浴場施設を利用して退区時刻前に洗身入浴をすることが長年にわたって行われていた。

昭和五四年一〇月一日、本件電車基地の開業に際して、当時の国府津機関区長は国労国府津分会との間で、協議、交渉の結果、日勤勤務の検修職員の作業は一六時一五分までに完了させ、退区時刻である一六時五二分までの時間帯に右浴場施設において洗身入浴を行うことを合意、確認し、これを前提として同年九月二五日、八時一七分出勤(通勤電車到着)、八時三〇分点呼、九時作業開始、一一時四五分工具類片づけ、一二時から一二時四五分休憩、一三時作業開始、一六時一五分作業完了、一六時五二分退区(通勤電車発車)と明記した「日勤勤務者作業標準」を作成した。

機関区長は、国府津分会に対し右「日勤勤務者作業標準」には一六時一五分の作業完了から一六時五二分の退区までの時間帯に「帳票整理」と記載されているが、その間に検査、検修係員は洗身入浴してもよい、ただし、作業がある場合には作業終了時刻は一六時一五分以降に延びることもあることを明言し、右分会もこれを前提として右作業終了時刻及び退区時刻の定めを了解し、更に検修科長は作業内容を各検査毎に更に詳細に記載した「標準作業行程」を作成したが、これにも作業終了時刻、退区時刻については同様の記載がなされ、機関区長と国府津分会長との間で昭和五四年九月二六日に取り交わされた「昭和五四年一〇月一日国府津機関区電車基地営業開始に伴う確認事項」と題する書面には「国府津機関区の運用に当っては従来の慣習慣行を尊重する」と記載された(なお、本件電車基地開業後、昭和五五年一〇月国府津機関区は国府津運転所と名称変更)。

(三)  以来、後記のとおり被告が原告ら検査、検修係員の勤務時間内洗身入浴を阻止した昭和五八年二月初旬までの間、本件電車基地の検査、検修係員ら約九〇人は、一六時一五分から五二分までの間に本件運転所内に設置された浴場に順次一度に三〇人位ずつ入浴し、一人約一〇分間洗身入浴を行ってきた(以下「本件洗身入浴」という)。

(四)  本件電車基地は東海道線国府津駅から引込線で相当奥に入った位置にあり、最寄りの下曽我駅まで徒歩で二〇分(国府津駅までは四五分)位かかるので、職員の六、七割は本件電車基地と国府津駅までの間に設けられた半ば専用の通勤電車を利用して通退勤していたが、その発車時刻は退区時刻と同時刻の一六時五二分であり、原告らはこの電車を利用して退勤していた。その後の退勤電車は二時間三八分後の一九時三〇分までなかった。

(五)  本件電車基地を管轄する被告の東京南鉄道管理局の監査の際にも、運転所長は国府津分会に対し、入浴時間を二〇分位に短縮してもらいたいと申し入れたに過ぎず、そのほかの時は通常と同様に洗身入浴をすることを黙認しており、昭和五七年秋に本件電車基地の検修科長から国府津分会に対し勤務時間内の入浴は退区時刻の一〇ないし一五分前からにしてもらいたい旨の申出があるまで、被告は勤務時間内の本件洗身入浴に対し異議を挟しはさんだことも、これを中止するように申し入れたこともなかった。

以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

3  原告らは本件洗身入浴は労働契約(就業規則、労働協約)ないし就業規則を補充する法的性質を有する労働慣行により原告ら検査、検修係員の労働契約上の権利となっており、これを一方的に破棄し、洗身入浴中の時間を賃金カットした被告の本件処分は違法無効である旨主張するので次に検討する。

(一)  本件洗身入浴が労働契約上の労働条件となっているとの主張について

(証拠略)によれば、就業規則第一四条一項本文は「職員の勤務時間は、休憩時間を除いて一週間四八時間を基準とする。」と定め、一五条は、「始業及び就業の時刻は次のとおりとする。但し、業務その他の都合により、所属長は、一時間以内繰上げ又は繰下げることができる。」として具体的に日勤勤務者の始業時刻は八時三〇分、終業時刻は一七時と定められている。そして、同条二項において、「所属長は臨時に必要がある場合又は特に指定する勤務の場合に限り、前項但書の制限にかかわらず始業及び終業の時刻を一時間をこえて繰上げ又は繰下げることができる。」と定めていることが認められる。

そこで、本件洗身入浴が右就業規則上、労務の提供と見られこれに要する時間が勤務時間と認められるかどうかについて検討するに、(証拠略)を総合すると、原告らの作業内容、身体汚染の程度、内容について以下の事実が認められる。

(1) 原告ら日勤勤務の車両検査、修繕の業務は、所定の運行を終えてあるいは臨時に電車基地内に留置されている車両について、被告の定める作業内規に従って行われるが、そのうち<1> 交番検査は、電車の使用状況に応じ、通常五五日間使用ないし三万キロメートル走行毎に一回を目途に、集電装置(パンタグラフ)、主回路装置、高圧補助回路装置、低圧補助回路装置、制御回路装置、戸閉装置、ブレーキ装置、走り装置、車体、点灯装置、付属装置、保安装置、機器一般、電気回路一般等の状態並びに電気部分の絶縁抵抗について存姿状態で、検査箇所によって分担を決めて行う検査であり、<2> 台車検査は、電車の使用状況に応じ、通常一二か月使用あるいは一〇ないし二〇万キロメートル走行毎に一回を目途として、台車などの特定主要機器を取り外したり、モーターなどの特定主要部分を解体し、清掃・検査・修繕を行うものであり、<3> 臨時検査は、以上のような定期検査のほか、車両の故障発生に対応して検査・検修を行うものである。

(2) このように長期間・長距離にわたって使用された車両は、便所付車両及びその接続車両は特に便所からのたれ流し汚物(糞尿)、その他、車両は一般に鉄粉、ブレーキの制輪子の材質であるレジンの摩耗粉、その他銀粉や銅粉などの有害物質を含んだ塵埃、砂塵、機械油などにより汚れているため、原告ら検査、検修係員は作業内容により違いはあるものの、大多数が次に詳述するように身体が汗や塵埃で汚れるのが常であった。

<1> 交番検査における身体汚染等の状況

(イ) 台車・走り装置機械一般の検査修繕作業

床下や台車の下部にもぐり込む形で行う作業であるため、そこに付着している汚物・塵埃・油の汚れ等が顔面、頭髪を汚したり、襟首や袖口にも入り、夏は台車、走り装置が熱を持っているため発汗がひどく、ブレーキの制輪子及び制輪子周辺機器には、たれ流しの汚物・電車走行中の塵埃や制輪子の摩耗による粉塵が付着しているのに、制輪子の取替作業は床下にもぐり込んだり、台車の下に入って行うので、身体が周辺機器に接触したり、取替時に塵埃や粉塵が身体の上に降りそそいだりする。台車周辺の空気ホースの取替作業も身体が周辺機器に接触するが、その中でも特にBCホース(ブレーキホース)取替作業は床下と台車の狭い空間(最も狭いところでは間隔は三〇センチメートルもない)に身体を入れて作業を行うので身体が塵埃や粉塵にまみれる。台車の各ピン、各給油口に給油する作業は、身体を周辺機器に接触して行うので油や汚物・塵埃や粉塵が身体に付着する。

(ロ) 集電装置(パンタグラフ)検査修繕作業

検査庫の屋根に近い地上約四メートルの作業で夏には検査庫の屋根が四二、三度の高温多湿となるため、発汗が著しい。

(ハ) 主制御器等床下電気機器、回転器の検査修繕作業

主制御装置の検査修繕作業は、主接触器の接触子に銅が使用されているので銅粉が収納箱に付着しており、清掃・検査作業時に銅粉が舞い、身体に付着する。主抵抗器の点検作業も、抵抗器は電車走行中冷却のため外気を取り入れるので装置内に塵埃等が付着しており、清掃・点検作業時に右塵埃で身体が汚れる。主電動機(モーター)の内部清掃、刷子の取替作業では、特に夏は内部温度が約六〇度にも昇り車輪も高温になっているためひどく汗をかくだけでなく、床下と主電動機との間は最も狭いところは三〇センチメートル未満なので、腹ばいになって作業しなければならず、塵埃と発汗で身体が著しく汚れる。

(ニ) 気吹作業(圧搾空気を利用して、塵埃などを吹き飛ばす作業)

電動発電機や送風機フィルターなどに付着した刷子の摩耗による粉塵や冷却のための外気導入によって付着した塵埃を気吹するものであるが、気吹によって飛び散った粉塵や塵埃が顔面、頭髪を汚すほか、襟首や袖口から粉塵等が入り、身体に付着する。

(ホ) 上回り電気機器、戸閉、車体の検査修繕作業

電車内での作業であるが、夏は高温になるため著しく発汗する。

<2> 台車検査による身体汚染等の状況

車体と台車を切り離す作業では、BCホースの取り外しの際、身体を車体と台車の狭い隙間にもぐり込ませ、台車を抱くようにして作業しなければならないため、たれ流し汚物や塵埃等によって身体が汚れる。ブレーキ中央引棒を切り離す作業をするとき、ピット(地面を約八〇センチメートル掘り下げたところ)に入り身体を床下機器と台車の狭い隙間にもぐり込ませるため、襟口や袖口から鉄粉などが入り込む。タワミ板(モーターの回転を歯車箱を通して車輪に伝える部分)を外すときや、モーターの取り付けボルトを外すときにピットに入って作業を行うが、狭隘な場所であるため車体や台車に付着したたれ流し汚物や塵埃などが身体に降りかゝる。台車解体作業、台車・車輪からモーター等を外す作業、モーター解体作業等でインパクト(エアーホースをつないで圧搾空気を送り込み圧搾空気で塵埃を吹き飛ばす装置)を用いる際、車体や台車から飛散した粉塵、鉄粉、油等によって身体が汚れ、モーターの気吹による清掃の際は、モーターに付着した大量の埃が舞い上がり、特に刷子(モーター内部に取り付けられ、材質はカーボン)の粉塵を浴びる。その他、台車枠の清掃と点検の際、あるいは車軸からの軸箱の取り外し及び車軸の清掃、検査の際も汚物や粉塵を身体に浴び、機械油によって汚れる。

以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、確かに原告ら検査、修繕業務は程度の差はあっても一般的に汚れる仕事であり、特に便所付車両の検査修繕では汚物の臭気がつき、ピットの中でする台車検査、修繕等の業務は全身埃りまみれになり、油や汚物の臭気も移り、頭から足先まで汚れることが認められる。

そうだとすれば、原告らの汚染の程度は、通常の人間の自然な生理ないしは清潔感覚からしても、また、原告らが退勤途上において、一般公衆と接触することなどを考慮すれば、退勤前に入浴して洗身することが、必要か少なくとも望ましい程度に及んでいると解するのが相当であり、そうであるからこそ被告も前認定のとおり浴場設備を設け、原告らが入浴すること自体(ただし勤務時間外に入浴すること)はこれを認め、現在もこれを維持しているものと解される。しかしながら、原告らの業務が右の程度の汚染職であるということが、直ちに原告らが勤務時間内に入浴できるとの結論に結びつくものとは解せられない。つまり、当該入浴を賃金支払いの対象となっている勤務時間内に認めるか否かは、さらに検討を要する別の問題である。

すなわち、いうまでもなく入浴とは人が裸体で浴室内で洗身等を行うという、極めて私的な行為であるから、一般的には人が労務を提供していると見ることはできないものと解され、一方、証人杉山充二の証言によれば、作業中には吸塵装置も利用され、また、証人伊庭昌宏の証言によれば、原告ら検査、検修係は被告から作業服、マスク、手袋、ヘルメット等が貸与されているなど、できうる限り汚染を防止する措置もとられていること、そして、作業終了後勤務時間内に顔や手足を洗い、作業服を脱いで体を拭うなどすることが認められており、かつ、車両便所の汚物をあびる等、一種の労働災害とも見られる特別異常な身体の汚染が生じたときには、その回復のために、勤務時間内でも入浴を許可する取扱いをしていたことが認められるところ、(人証略)によれば、原告ら検査、検修係は通常は一五時三〇分から一六時頃までに作業を終了し、現場事務所に引き揚げて来ていたが、直ちに入浴せず、入浴は一六時一五分まで待って開始していたことが認められるので、原告ら検査、検修係全員が当然かつ必然的に作業終了後勤務時間内(退区時刻の一六時五二分まで)に洗身入浴を認められなければ、使用者である被告が労働基準法その他の労働関係法規に違反するといえるまでに、原告らが甚だしく身体が汚れているとまでは解せられない。そうすると、右の入浴自体の性質からして、使用者と被使用者との間で個別的労働契約、就業規則などにより特段の定めをしない以上、入浴中は使用者の指揮監督から離れるものといわざるを得ないから、右入浴時間はいわゆる労務の提供のなかった時間と認めるほかはない。

この点につき原告らは、労働時間は労働力を提供している時間だけでなく、仕事に不可欠又は直接的関連性を有する準備あるいは後始末のための時間(例えば工具の清掃・洗淨の時間)も含まれるのと同様に、担当する作業に付随して不可避的に伴う身体の汚染を除去するために通常必要とされる時間は労働時間に含まれる旨主張し、労働安全衛生規則三条一項、六二五条を援用する。

しかしながら労働安全衛生規則六二五条は、事業者は、身体又は被服を汚染するおそれのある業務に労働者を従事させるときは、洗身設備を設けなければならない、旨定めているに過ぎず、勤務時間内に洗身入浴することを認めたものではなく、労働省労働基準局の労働基準法解釈例によっても原告らより一般に汚れがひどいと考えられる炭坑労働者さえ入浴の時間が当然に勤務時間に算入されないとされていることなどを勘案すると、右規則を根拠に入浴時間を労働時間に含めるべきであるとする原告らの主張は採用することができない。

もっとも、被告の就業規則に関する依命通達、就業規則並びに日本国有鉄道職員勤務及び休暇規定(昭和二二年五月二日達第二四二号)により所属長に就業規則に基づく運用が委ねられ、所属長からその下部機関である電車区、機関区、工場等の現場機関の長が所属長の指示、委任、諒解を受けるなどの方法により就業規則の大綱に基づく実施綱目を決定する権限を有し、現場協議により就業規則の勤務時間を短縮することができ、その決定は就業規則と同様の効力をもつとの考えもあるが、前記認定に証人伊庭昌宏の証言によれば被告の就業規則上職員の勤務時間は休憩時間を除いて一週四八時間とされ、所属長(本件電車基地については南鉄道管理局長)は日勤勤務者の始業時刻(八時三〇分)、終業時刻(一七時)を一時間以内繰上げ又は繰下げる権限を有するが、右所属長はもとより現場機関の長は右就業規則で定められた勤務時間を短縮する権限を有しないことは明らかであるから原告らの本件洗身入浴が就業規則上も容認されているとの主張は採用できない。

また、原告らは、検修科長が作成した作業行程は検査、修繕という作業の特質上終業時刻に余裕をもって組まれている関係で帳票整理や工具の清掃も一六時一五分には終了するので、以降の時間はいわば退区準備時間であり、洗身入浴しても具体的な作業には何等支障をきたさない旨主張するが、前記のとおり本件洗身入浴は労務の提供と言うことができないから、退区時刻前に洗身入浴を行うことが具体的な作業に支障をきたすか否か、入浴しても緊急事態に対応できるか否かにかゝわらず、右入浴時間を労働時間ということはできない。

従って、本件洗身入浴は、就業規則の労働時間の定めに抵触するものであり、労働時間内に洗身入浴することが就業規則により労働契約の内容となっているとする原告らの主張は理由がない。

次に原告らは本件洗身入浴は昭和五四年一〇月一日国府津機関区長と国府津分会との間の現場協議の結果結ばれた労働協約により原告ら検査、検修係員の労働契約上の権利として承認されていた旨主張する。

前記認定のとおり国府津機関区長は国府津分会との間で本件洗身入浴を認めていたが、(証拠略)に前記認定事実を総合すると、被告と国労所属の被告従業員との間を規律する労働協約の締結権者は公共企業体等労働関係法一〇条、一一条及び国労と被告との間で締結された労働協約により国鉄総裁と国労中央執行委員長とされており、右協約のうち現場協議に関する協約七条は「現場協議においては、当該現場の労働条件に関する事項であって、当該現場で協議することが適当なものについて協議する。」「当該現場長の権限と責任外の事項、苦情処理手続の取扱事項及び労働安全衛生委員会に付議されている事項は除く。」と明記しており、現場長である国府津機関区長及び国府津分会長には右労働協約の締結権がなく、(証拠略)を総合すると、退区時刻前の本件洗身入浴は実質上勤務時間の短縮に当るので現場長である国府津機関区長にはそのような権限がなく、そのようなことを現場協議に関する協約で定めることができなかったこと、国府津分会も右事実を熟知していたため、右機関区長が右分会の意見を聴いた上作成した「日勤勤務者作業標準」に入浴時間を掲載させず、「帳票整理」の時間帯に入浴していたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はないから、原告らの前記主張は失当である。

(二)  本件洗身入浴が就業規則を補充する法的性員(ママ)を有する労働慣行となっていたとの主張について

前記認定のとおり本件電車基地においては昭和五四年一〇月一日以降同五八年二月初め頃までの間運転所長等現場長の承認のもとに就業規則に反する勤務時間内の本件洗身入浴が継続して行われ、被告はこれに対し賃金カット等の処置をとっていなかったことが認められるが、右慣行は就業規則に反するからこれに該規則を補充し規律する法的効果を認めることはできない。

しかしながら、就業規則に反する労働慣行が継続しそれが事実たる慣習にまでたかめられた場合には、労使関係を規律する一つの法源と認められることもあるので、この点から本件洗身入浴の慣行が事実たる慣習といえるかどうかにつき検討する。

一般に事実行為が継続し、それが事実たる慣習としての労働慣行として成立するためには、事実行為が長期間にわたって反復継続され、それが双方の明示の意思に反しないこと(異議をとどめなかったこと)だけでなく、就業規則、労働協約等により労働条件を定める権限を有する者か、実質上これと同視しうる地位にある者の規範意識(法的な義務意識)により右事実行為が支持されていることを必要とすると解されるので国府津機関区長等に被告が定めた就業規則のうち勤務時間の定めと改変(実質上は短縮)する権限があるかどうかが問題になるが、前記認定のとおり国府津機関区長等は労務の提供と認められない洗身入浴を労務の提供と認める権限も、原告ら検査、検修係員の勤務時間を短縮する権限も有しなかったことが認められるので、仮に本件洗身入浴の慣行が機関区長等の規範意識により支持されていたとしても、直ちに被告がそのような規範意識を有していたことにはならない。

そこで次に本件洗身入浴の慣行を黙認していた被告がこれにつき規範意識を有していたかどうかにつき検討する。

前記二項認定のとおり被告は昭和五四年一〇月一日の本件電車基地の開業以来、後記認定のように昭和五六年秋までの間、直接あるいは現場管理者を通じて本件洗身入浴を禁止するなどの措置を一切採らず、本件洗身入浴時間についても所定の賃金を支払っていたおり、東京南鉄道管理局の監査の際にも機関区長から入浴時間を二〇分にしてもらえないかなどとの申し入れがあったに過ぎないことは前記認定のとおりであり、また証人杉山充二の証言、原告加藤国夫、同吉田幸夫の各本人尋問の結果及び後記認定事実によれば本件運転所の前身である国府津機関区をはじめ全国各地の電車区、機関区等一六七七箇所以上で退区時刻前に洗身入浴が行われてきたことが認められる。

しかしながら、他方(証拠略)によれば、本件電車基地が開業した昭和五四年、被告は全国で職場規律の乱れている職場を選択して監査を実施し、その結果を報告書にまとめたが、右報告書には、「悪慣行を大別すると、一つには所定外休憩、勤務時間内入浴等の勤務時間等の削減につながるもの・・・」と記載されており、そして、これらの具体的な改善にあたっては、まず、それぞれの悪慣行の成立過程、定着状況、取扱状況、位置づけ等を十分に検討し、具体的に如何なる手段、方法で対処するかについて意思統一をはかる必要があるとの考えが記載されていることが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

右事実によると被告は遅くとも本件電車基地が開業したと同じ昭和五四年に勤務時間内洗身入浴を悪慣行と位置づけ、これを容認しない意思を有していたことが認められこれを覆えすに足る証拠はない。

従って被告が本件洗身入浴の慣行を承認し、これにつき規範意識をもっていたととは到底考えられないので右慣行はいわゆる就業規則や労働協約と同様労使関係を規整する法的性質を有する事実たる慣習とは認め難い。

よってこの点に関する原告らの主張は失当である。

三1  以上のとおり本件洗身入浴の慣行は法的効力をもつ労働慣行とはいい難いが、前記のとおり永年にわたって被告はこれを黙認して来たのであるから、信義則上も右慣行を破棄し、本件洗身入浴時間を賃金カットの対象とするためには、右破棄の意思表示を被告の従業員に周知徹底させ、今後勤務時間内に洗身入浴する者に対しては労務の提供がないものとして賃金カットする旨を告知する必要があると考えられるので、被告が本件賃金カットにつき前記のような手順を踏んだかどうかについて検討する。

(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  昭和五六年秋の特別国会において、国鉄の職場規律の乱れが問題とされ、その際勤務時間内入浴の恒常化も問題としてとりあげられた。

そこで昭和五六年一一月被告本社は各地方の管理局長宛、早急に職場規律を確立するよう通達を出し、これを受けて東京南鉄道管理局総務部長は同月三〇日、同局長は同五七年一月二三日、被告副総裁は同月二八日あい次いで同様の通達をした。

昭和五七年三月四日、運輸大臣から国鉄総裁に対し、職場で行われている悪慣行全般について調査を行い、調査結果に基づいて厳正な措置を講じるよう指示があり、これを受けて国鉄総裁は同月五日、地方機関の長等に対し、職場規律の再点検を行ない、その結果を報告するよう通達を出し、同月一〇日職員局労働課長は各地方機関の長に対し具体的な総点検の手法、項目について指示し、勤務時間内入浴についてはその有無及び所要時分について点検するよう要請した。

昭和五七年三月四日、国鉄は右の総点検を始める前に東京の北、南、西管理局三局長は連名で、対応する各組合の執行委員長に対し、国鉄の経営再建のために勤務時間の緩和を是正し実働を充実させ、現場協議運用を本旨に戻すよう申し入れた。

この第一回の総点検の結果、勤務時間内入浴をしている箇所は総点検対象箇所の三八パーセントに相当する一六七七箇所であること、所要時間は三〇分未満が一三四三箇所で一時間以上のものは五箇所であることが判明したが、その後の昭和五七年九月の総点検では勤務時間内入浴は六〇〇箇所弱に減少し、昭和五八年三月の第三回目総点検では一〇〇箇所となり、本件賃金カットの後である五八年九月の第四回目の総点検の結果では零となった。

(二)  昭和五七年秋及び同五八年二月八日の二回にわたって国府津電車基地の検修科長は国労国府津運転所副分会長ら分会役員及び原告ら検査、検修係員に対し退区時間前の入浴を一〇分位に短縮するよう要請し、右二月八日にこれを守らなければ事実を確認して賃金カットする旨通告した。

その間に国労地方本部は国鉄南管理局に、国労本部は被告本社に対し本件洗身入浴問題につき団体交渉を申し入れたが、被告は応じなかった。

昭和五八年二月九日から一一日の間、点呼の際、検修科長は原告ら検査、検修係員に対して、退区時刻前の洗身入浴は一〇分にせよと、それを守らないときは賃金カットする旨重ねて通告し、更に国府津運転手長名で業務掲示板に、「二月一六日以降の入浴は時間外に限り許可することとします。」と記載した掲示をした。

これに対して、原告らは従来どおり本件洗身入浴を継続したので被告は浴場にいた時間について前記認定のとおり賃金カットをした。

以上の事実を認めることができこの認定を覆すに足る証拠はない。

2  以上のとおり被告は本件洗身入浴の慣行を破棄するに当って昭和五七年三月頃からそれが悪慣行で職場規律の紊乱の現われである旨を原告ら検査、検修係員に表明し、昭和五七年秋からその自粛を求め、同五八年一一月九日からは同月一六日以降の本件洗身入浴が賃金カットの対象になる旨を明白に通告した上、この通告を無視して勤務時間内入浴をした原告らに対し同年二月一六日から賃金カットを行ったことが認められるので、右慣行破棄の手続は隠当であり、信義則上も容認できるものといわなげればならない。

3  原告らは被告が本件洗身入浴の労働慣行を破棄するにつき一四〇名の検査、検修係員の所属している国労に意見を聞かず、且つ、代償措置を何ら講じていないから、右破棄は違法である旨主張するが、前記のとおり本件洗身入浴の慣行は法的拘束力のある労働慣行ではないから原告ら主張のような手続を経ないでこれを破棄しても違法とはいえない。

よって本件賃金カットは適法である。

四  結論

以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元吉麗子 裁判官 東原清彦 裁判官端二三彦は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 元吉麗子)

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